わたしのおもちゃ

6月に入り、クラスのお友達との仲も深まり、幼稚園の中でも、自分を出せるようになってきた子ども達です。だからこそ、ケンカをする姿も見られるようになってきました。これも大きな成長です。

今、一番多いのが、おもちゃなどの物の取り合いです。「これ私の!!」「これ僕の!!」といってなかなか譲ることが出来ない時もあります。しかし子ども達はその中でも一歩一歩成長しています。

昨日までは、おもちゃを譲ることができなかった子が、「幼稚園のおもちゃなんだからみんなで使うんだよ」と友だちに言われて、「使っていいよ」と譲ろうとする姿があったり、そんな様子を見て、「やさしいね」とお友達を認め、やりとりをしていたりと、ケンカやトラブルを通して、自分にも思いがあるように、他の人にも思いがあることに気がつきはじめている子ども達です。

このような経験の積み重ねこそが、相手を思いやる気持ちにつながっていきます。ぶつかりあってこそわかる相手の気持ち。その一つひとつが子ども達にとっての大切な経験となり、子ども達の生きる力につながっていくよう、援助していきたいと思います。
(年少・ちゅうりっぷ組クラスだよりから 6月30日発行)
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(はじめての誕生会 4月27日)
# by chidorikids | 2011-07-07 10:21 | 日記

椅子とりゲーム

年長組では椅子とりゲームがはやっています。結構興奮しますよね。ある日、「決勝」に2人の男の子が残りました。1つの椅子を巡って、駆け引きもあります。担任の弾くピアノが止まった瞬間、二人でほぼ半分ずつお尻をのせました。引き分けで、再試合となりました。ボルテージも上がっているので、負けた子はきっと泣き叫ぶに違いない、と思いました。もしかしたら勝った子を非難するようなこともあるかも知れません。そうなると何となく後味が悪くなります。

その再試合。A君が勝ちました。負けたB君の顔が一瞬、曇りました。でもすぐに、何も言わずに敗者席に座ったのです。私は目頭が熱くなりました。きっと悔しかったと思います。でも潔く、負けは負けと認めました。勿論、相手の子を非難するようなこともありません。

子どもたちはこうやって成長していくのですね。そういえばその前は勝ったC君が負けたD君に「勝っちゃってごめんね」と言って慰めていたこともあります。

子どもたちの心が遊びを通して大きくなっていることを感じるのです。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-07-01 12:07 | 日記

喜びなさい

《わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。》(フィリピの信徒への手紙3章1節a)

7月の当園の月間聖句(聖書箇所)です。著者パウロは仲間のクリスチャンたちに「喜びなさい」と言っています。何を喜ぶのでしょうか。実は彼の時代の宗教(ユダヤ教)では律法という掟を守れば、初めて神様に受け入れられる、と教えていたのです。しかしパウロはイエス・キリストと出会い、神様は無条件に私たちを愛してくださっていることを知らされるのです。無条件の愛です。彼はその事実をしり、思わず「喜びなさい」と叫ばないではいられませんでした。

無条件の愛。それはちょうど親の子どもに対する愛に似ていると思います。例えばお父さんもお母さんもお子さんが勉強をするから、ピアノの練習をするから、バレエをするから、いとおしいのではありませんよね。ただそこにいるだけで、愛情をかけないではいられないはずです。

だから毎日、子どもたちとお家の方の姿を見ていると、ほほえましくも、また羨ましくもなるのです。
(写真は6月の誕生日会の様子です)
(園長)
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# by chidorikids | 2011-06-29 17:59 | 日記

桜の木

奥の2本の桜の木が分かるでしょうか。この間の子どもの日花の日礼拝で、このうちの1本が塩害にあった話しをしました。その時、今では2本のうち、どちらが塩害にあったのか分からないほどだ、と言いました。しかしそこには少し誇張がありました。向かって左側の木が少し小さいのです。こちらが件の木。しかしあの時のことを思えばよくぞここまで回復したと思うのです。

時間にしか癒せないこと、成長させることが出来ないことってあると思わないではいられません。だから私たちにはじっと見守る、ということも必要なのですね。にもかかわらず余計な心配をしてしまうのかも知れません。この木は切り倒さなければならないかも知れないと思いました。でも私の思い煩いをよそに立派に立ち直りました。もう少しで隣りの木にも追いつきます。

聖書の中でパウロという人は《わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です》(コリントの信徒への手紙一3章6~7節)と言っています。

神様が子どもたち一人ひとりの体は勿論、心も育ててくださっていることを思うのです。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-06-21 11:39 | 日記

子どもの日花の日礼拝

今日(6月19日)は子どもの日花の日礼拝でした。花を持ち寄り、子どもたちのことを覚えながら教会に集う人たちと一緒に礼拝をしました。

《野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。》(ルカによる福音書12章27~28節)

とイエスはおっしゃっています。説教(お話し)の中で、神様によって台風の塩害に守られた、当園の桜の木の話しをしました。そして一人ひとりの子どもたちも、神様が守り、導き、成長させてくださっていることを思いました。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-06-20 00:49 | 日記

神戸市須磨区の千鳥幼稚園です。保育の中で感じたこと、思ったことを、つれづれに書いています。1週間に1度程度更新できればと思います。


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