子どもが育つみちすじ ~生きる力の火種を培う~

昨日(7月8日)、楽しみにしていた服部祥子先生の子育て講演会がありました。とても感銘深いお話しでした。子どもたちは1~10歳の時に、両親をはじめとする回りの人たちから大切にされている、という経験をすると、それが火種のようになって、思春期(10~20歳)も成人してからも生きていける。成長するに従って色々な困難に遭遇するけれども、その幼い頃に培われたものが、生きる力を与える。自分が大切にされている、掛け替えのないということは、幼い頃にギュッと抱きしめられたり、「大丈夫!」と声をかけられることで育まれる。そんな内容であったと思います。

講演の後、服部先生と一対一で1時間半近くお話しをする、「幸運」に恵まれました。その中でもおっしゃっていました。はやり幼少期、子どもたちはたっぷりの愛情をもって育てられることが大切なのです。それは例えば、抱きしめられることもそうですし、手を繋がれること、たくさんの会話をすること、お家の方のお弁当を食べること、ゆっったりと親子の時間を楽しむことなのだそうです。そうしたら、大人になって辛いことがあっても「幼稚園へ行く時に繋いだお母さんの手が温かかった」「幼稚園の時、お弁当に手紙が入っていて、いつも私のこと『大好き』って書いててくれた」という記憶が力をくれて、乗り越えることが出来るのです。

改めて幼児期の大切さを知る、いい時となりました。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-07-09 07:49 | 日記

わたしのおもちゃ

6月に入り、クラスのお友達との仲も深まり、幼稚園の中でも、自分を出せるようになってきた子ども達です。だからこそ、ケンカをする姿も見られるようになってきました。これも大きな成長です。

今、一番多いのが、おもちゃなどの物の取り合いです。「これ私の!!」「これ僕の!!」といってなかなか譲ることが出来ない時もあります。しかし子ども達はその中でも一歩一歩成長しています。

昨日までは、おもちゃを譲ることができなかった子が、「幼稚園のおもちゃなんだからみんなで使うんだよ」と友だちに言われて、「使っていいよ」と譲ろうとする姿があったり、そんな様子を見て、「やさしいね」とお友達を認め、やりとりをしていたりと、ケンカやトラブルを通して、自分にも思いがあるように、他の人にも思いがあることに気がつきはじめている子ども達です。

このような経験の積み重ねこそが、相手を思いやる気持ちにつながっていきます。ぶつかりあってこそわかる相手の気持ち。その一つひとつが子ども達にとっての大切な経験となり、子ども達の生きる力につながっていくよう、援助していきたいと思います。
(年少・ちゅうりっぷ組クラスだよりから 6月30日発行)
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(はじめての誕生会 4月27日)
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# by chidorikids | 2011-07-07 10:21 | 日記

椅子とりゲーム

年長組では椅子とりゲームがはやっています。結構興奮しますよね。ある日、「決勝」に2人の男の子が残りました。1つの椅子を巡って、駆け引きもあります。担任の弾くピアノが止まった瞬間、二人でほぼ半分ずつお尻をのせました。引き分けで、再試合となりました。ボルテージも上がっているので、負けた子はきっと泣き叫ぶに違いない、と思いました。もしかしたら勝った子を非難するようなこともあるかも知れません。そうなると何となく後味が悪くなります。

その再試合。A君が勝ちました。負けたB君の顔が一瞬、曇りました。でもすぐに、何も言わずに敗者席に座ったのです。私は目頭が熱くなりました。きっと悔しかったと思います。でも潔く、負けは負けと認めました。勿論、相手の子を非難するようなこともありません。

子どもたちはこうやって成長していくのですね。そういえばその前は勝ったC君が負けたD君に「勝っちゃってごめんね」と言って慰めていたこともあります。

子どもたちの心が遊びを通して大きくなっていることを感じるのです。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-07-01 12:07 | 日記

喜びなさい

《わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。》(フィリピの信徒への手紙3章1節a)

7月の当園の月間聖句(聖書箇所)です。著者パウロは仲間のクリスチャンたちに「喜びなさい」と言っています。何を喜ぶのでしょうか。実は彼の時代の宗教(ユダヤ教)では律法という掟を守れば、初めて神様に受け入れられる、と教えていたのです。しかしパウロはイエス・キリストと出会い、神様は無条件に私たちを愛してくださっていることを知らされるのです。無条件の愛です。彼はその事実をしり、思わず「喜びなさい」と叫ばないではいられませんでした。

無条件の愛。それはちょうど親の子どもに対する愛に似ていると思います。例えばお父さんもお母さんもお子さんが勉強をするから、ピアノの練習をするから、バレエをするから、いとおしいのではありませんよね。ただそこにいるだけで、愛情をかけないではいられないはずです。

だから毎日、子どもたちとお家の方の姿を見ていると、ほほえましくも、また羨ましくもなるのです。
(写真は6月の誕生日会の様子です)
(園長)
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# by chidorikids | 2011-06-29 17:59 | 日記

桜の木

奥の2本の桜の木が分かるでしょうか。この間の子どもの日花の日礼拝で、このうちの1本が塩害にあった話しをしました。その時、今では2本のうち、どちらが塩害にあったのか分からないほどだ、と言いました。しかしそこには少し誇張がありました。向かって左側の木が少し小さいのです。こちらが件の木。しかしあの時のことを思えばよくぞここまで回復したと思うのです。

時間にしか癒せないこと、成長させることが出来ないことってあると思わないではいられません。だから私たちにはじっと見守る、ということも必要なのですね。にもかかわらず余計な心配をしてしまうのかも知れません。この木は切り倒さなければならないかも知れないと思いました。でも私の思い煩いをよそに立派に立ち直りました。もう少しで隣りの木にも追いつきます。

聖書の中でパウロという人は《わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です》(コリントの信徒への手紙一3章6~7節)と言っています。

神様が子どもたち一人ひとりの体は勿論、心も育ててくださっていることを思うのです。
(園長)
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# by chidorikids | 2011-06-21 11:39 | 日記

神戸市須磨区の千鳥幼稚園です。保育の中で感じたこと、思ったことを、つれづれに書いています。1週間に1度程度更新できればと思います。


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